日本の匠シリーズ 日本の匠シリーズ

日本の匠シリーズ

Vol.9 完全手彫り判子 石川県金沢市/ツルミ印舗

表現のキャンバスは、わずか15mmの刻印面。140年の年月を超えて、手彫り判子の技術を今に。


江戸中期に花開き、
明治維新で定着した判子文化。
その灯を消さぬよう、ここ金沢で。

日本で判子が普及し始めたのは、江戸時代の中期頃といわれています。商人や武士たちが判子を使うようになり、実印を登録する"印鑑帳"が設けられたのもこの時期です。これは、現在の"印鑑登録"に匹敵するもので、登録した自分の印鑑を照合することにより、公証性を保つシステムがすでに江戸時代に出来上がっていたのだそうです。

時代が明治になると庶民にも判子の使用が広がります。
明治維新後の太政官布告(だいじょうかんふこく)で実印の捺印制度が定められたことと、銀行・郵便制度の普及により、判子が不可欠となったのです。
ほぼ時を同じくして、ここ金沢に、手彫り判子の『ツルミ印舗』が誕生。その職人技は140年の時を超え、四代目にして一等印刻師の鶴見健一さん、五代目・鶴見昌平さんの手でしっかり引き継がれていました。
※一等印刻師とは、判子彫刻の第一人者だけに与えられる匠の称号


火の出るような修行をつみ、
文字に魂を注ぎ込む手彫り職人。

判子職人になるために、五代目の昌平さんは"神奈川県印章高等職業訓練校"でその基礎を学んだとおっしゃいます。ここで学ぶ学生たちのほとんどは、実家が印章店を営んでいる跡継ぎたち。しかし、実家が印章店なら、わざわざ学校に通わなくてもいいのでは? それについて昌平さんは次のように話してくれました。

「誰に教わっても構わないのです。しかし、手彫り職人は自分のスタイルが完成されているため基礎を学ぶには適しません。たとえば、印章には基本となる書体が6つあり、まずはそれらを正確に覚えるわけですが、優れた職人ほど、基礎を超えて文字に自分の魂を注ぎ込もうとします」。

つまり、最初から親を手本にしてしまうと、良くも悪くも技術にかたよりが出てしまいかねない。そこで"最低限判子をつくれる"ところまでは学校で学び、親が師匠となるのはそこから。およそ10年かけて火の出るような修行をつみ、一人前の手彫り職人を目指すのです。


お客さまの人生に寄り添う
一生モノの実用品。

手彫り判子の製作は、大まかに分けて2つの行程に分けられます。文字を彫る前段階で、細い筆を用いて刻印面にあたりをつける"字入れ"作業。そして、6種類の彫刻刀を使い分ける彫りの作業。これらを、直径わずか15mm(男性用実印の普通サイズ)の中で行う匠の技は、拝見していて気が遠くなるような細やかさです。

にも関わらず...「私たちは美術品をつくっているわけではありません」と昌平さんはおっしゃいます。技術の繊細さや正確さにフォーカスすれば、それに近しいものはありますが、判子というのはあくまでも実用品であり、お客さまの要望にお応えするのが判子職人の仕事なのだと。

「手彫りの判子は一生モノです。お客さまの長い人生の中で、ここ一番という時に胸を張って捺印いただけるような判子づくりが何より大事です。またそうあるために、日々、技術の研鑽を怠りません」。


印鑑は、ひとり歩きする分身。
どこに出しても恥ずかしくないものを。

ここ数年は、機械彫りでも相応の判子をつくることができるようになりました。結果、判子の仕上がりにはこだわらず、むしろ、早く安価に判子が欲しい、という方は機械彫りを選択する方もいます。

しかし、印鑑というのは、その人に成り代わってひとり歩きするもの。「果たしてそれで良いのか」という疑問を鶴見親子は投げかけます。誰に、どこで見られるか分からない"自分の分身"であるならば、判子も"正装"しておいてしかるべきではないかというわけです。

事実、機械彫りと手彫りを比べてみれば、クオリティの違いは一目瞭然。写真の2つの判子は、同じ名前を同じ篆書体(てんしょたい)という文字で彫刻したものですが、枠の太さや文字の躍動感(勢い)がまるで違います。この差こそが、匠の技の価値なのです。


公証性を保つ唯一の手段だった実印。
そこに押し寄せる、効率化の波。

近年は、インターネット取引や指紋認証システムなどのIT技術の普及によって、一部の商取引では実印が持つ公証性が不要となりつつあります。つまり、テクノロジーによる効率化の波は、手彫り判子という極めて専門性の高い"手仕事"の現場にも、じわじわと押し寄せているのです。

もはやこれは"手彫りか機械彫りか"というトレードオフ以前に、判子そのものの存在意義にかかわること。もちろんここ数年でオフィスや家庭から判子が消えることはありませんが、将来を見据えれば「決して安心してはいられない」と昌平さんはおっしゃいます。

「公証性の名のもとに、これまで印章業界はあぐらをかいていたかもしれません。しかし、効率性との戦いはあらゆる実用品の宿命です。遅ればせながら、今こそ印章にかかわる者たちが、足並みを揃えて判子文化の灯を消さぬよう、日本各地で行動を起こして行かなくてはなりません。印章業界ではいま、生き残りを賭けた挑戦が始まっています」。

2017 印章展 IN北陸(金沢)が開催されます!
場所:金沢21世紀美術館 B1 市民ギャラリー
期日:9月2日(土)10時-17時/2日(日)10時-16時
取材手記 ライター吉村高廣
使う人の人生を思いやる、匠の心意気を感じました。

今お使いの実印は、手彫りですか? それとも機械彫りですか? と尋ねられて、皆さんは即答できるでしょうか。恥ずかしながら私は、答えに詰まってしまいました。
そもそも判子をつくるとき「どちらにしますか?」と尋ねられたか否かの記憶すらない。この取材を通して、自分の安易さをつくづく思い知らされました。「手彫り判子は一生モノ。お客さまの人生の中で、ここ一番という時に、胸を張って捺印いただけるような判子づくりが大事」という言葉に強く心を揺さぶられました。胸を張って捺印できる一本、私も持とうと思います。

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■記事公開日:2017/06/28 ■記事取材日: 2017/06/13 *記事内容は取材当日の情報です
▼編集部=構成 ▼文=吉村高廣 ▼撮影=吉村高廣・ツルミ印舗提供

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