日本の匠シリーズ 日本の匠シリーズ

日本の匠シリーズ

vol.8 有松鳴海絞 名古屋市緑区有松/まり木綿

伝統的な絞(しぼり)の技法を土台に、有松鳴海絞に、新しい息吹を吹き込む。

絞で栄えた有松の町。職人が減りゆく中、新しい世代の匠がここに。

緩やかに曲がる旧東海道沿いに、古くからの商家が連なる有松。昨年、この町の街道一部が「重要伝統的建造物保存地区」に指定され一躍脚光を浴びるようになりました。有松は今からおよそ400年前、街道を行き交う商人たちに絞の浴衣や手ぬぐいを売ることで栄えました。それが「有松鳴海絞」です。

街道を往けば、至るところに「ありまつ」と書かれた暖簾を見ることができます。しかしながら、その伝統を引き継ぎ、今なお絞の生産を行う職人はごくわずか。そうした中、昔ながらの技法を使いつつも、新しい絞の世界を生み出す匠がいます。それが、伊藤木綿さんと村口実梨さんのお二人です。

手縫い製法を受け継ぐ東京品川の加藤畳店

絞にもっと色彩を。伝統をくつがえす発想が、二人にとっての出発点。

二人が有松鳴海絞に出会ったのは大学生の頃。最初から心を鷲掴みにされたわけではありません。むしろ彼女たちにとって絞は、「地味で、日常的に触れる機会もなく、馴染みのないもの」だったと言います。ところが、有松鳴海絞の実製作を体験して考え方が変わります。

複数の学生が同じように染めたにも関わらず、それぞれに違う表情の作品が仕上がるところにクリエイティブマインドを刺激され「これは面白いな」と。その反面、「なぜ藍一色なのだろう?もっとカラフルなものがあったら素敵なのに」という思いも芽生えたそうです。そこからさらなる技術の習得に努め、2011年に「まり木綿」を立ち上げることになりました。

一枚入魂で丁寧に丹精を込めて作られる畳み

折り、挟み、染色。無数の柄を表現できる、伝統技法

有松鳴海絞の伝統的な技法の一つに「板締め絞」という技法があります。生地を三角形に折り込んで板に挟み、筆を使って染料を浸透させて柄をだします。生地の折り方や板に挟む時の圧、さらには色付けなどにより幾通りもの柄をだすことができるのが特長です。

「同じものをつくることができないのが有松鳴海絞の魅力です。また、意図していたものとは異なる柄になる場合もあります。製作過程を控えておいて同じ手順を踏めば似たような商品はつくれますが、まったく同じものにはなりません。でも、そこが絞の味なのです」。

職人としての技術を突き詰めて"必然の美"を目指すだけではなく、"偶然の美"をも善しとする有松鳴海絞の奥深さに、彼女たちは、日々新しい発見があると言います。

加藤畳店十四代の店主が作るこだわりの手縫い畳み

極寒の工場で水仕事。繊細かつ力強い二人の絞はここから生まれる。

絞づくりの作業場は、有松を代表する染工場「久野染工場」の一角にあります。なぜ染工場なのか。それは、有松鳴海絞が生まれる過程には、繊細な手仕事のみならず、染めた生地の洗いや乾燥といった、男性でも悲鳴をあげそうな体力仕事が待っているから。

取材に伺ったのは1月の下旬。この日の有松は最低気温0.3度。そんな中、工場を案内してくださった伊藤さんは、作業場での手仕事を終えると工場に移動して水仕事に取りかかります。

拝見していて思わず「寒くないですか?」と尋ねると「冬はまだいいんです。動いていれば暖かくなるから。むしろ辛いのは夏。工場内はボイラーを炊くと蒸し風呂のようになるもので」と。
繊細な美しさの中にも、どこか力強さが感じられる彼女たちの絞には、こんな背景が関係しているのかも知れません。

熱い気持ちが指先に伝わり畳みを作り上げていく

伝統の後継者ではなく革新者となって、有松鳴海絞を広めたい。

二人には、伝統工芸の"後継者"という認識はありません。むしろ"革新者"でありたいという思いで有松鳴海絞と向き合っています。それは彼女たちなりの有松鳴海絞への"愛情"に他なりません。

「有松鳴海絞は400年続く伝統工芸です。400年も続いているのは、きっと、その時代に合ったものをつくってきたからではないでしょうか。でも今はその過渡期にあると思います。もちろん、壊さないもの、変えない技術もありますが、すべて過去のものをお手本にして、時代にそぐわないものをつくっていては淘汰されてしまうと思うのです」。

その思いは「まり木綿」のホームページにもこう掲げられています。『伝統は鑑賞するのではなく、使い続けていくこと』。この世界に足を踏み入れて6年、真価が問われるのはこれから。二人の挑戦は続きます。

現代の住まいにも柔軟に対応する畳み
十四代の加藤丈幸氏
取材手記 ライター吉村高廣
有松鳴海絞と向き合う強い覚悟を感じました。

日本にはおよそ1300もの伝統工芸があると言われます。そしてその多くが後継者不足に悩んでいます。有松鳴海絞も例外ではありません。いかに優れたものでも、その魅力が伝わらなければ伝統や技術は廃れてしまう。まり木綿のお二人は、そこをしっかり理解され有松鳴海絞に取り組んでおられました。彼女たちにとって絞は、自己表現の手段であり、数ある職業の中から生きる術として選択した生業でもあります。有松鳴海絞に向き合うお二人なりの強い覚悟を感じました。

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■記事公開日:2017/02/28 ■記事取材日: 2017/1/27 *記事内容は取材当日の情報です
▼編集部=構成 ▼文=吉村高廣 ▼撮影=吉村高廣

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