日本の匠シリーズ 日本の匠シリーズ

日本の匠シリーズ

VOL.12 金物研磨 新潟県燕市/株式会社山崎研磨工業

ステンレスが純銀の輝きに昇華する。研磨の神業で唯一無二のビアタンブラーを。

スティーブ・ジョブズも魅了した燕市の研磨技術

新潟県燕市は知る人ぞ知る金属加工の町です。とくにステンレス製品の加工業者が多く、金属洋食器においては国内シェアの90%を占めています。中でも金属研磨の技術力は折り紙つきで、米国アップル社の創設者、故スティーブ・ジョブズ氏もその技術に魅せられた一人。アップル製品にも燕市の磨きの技術が使われています。ところが、燕市の磨き屋は、ほとんどが"父ちゃん母ちゃん"の下請け企業。大口の注文が来ても請けられないという事情がありました。そこで、燕市の研磨業者が集まって共同受注システムを発足させます。それが『磨き屋シンジケート』です。

そもそも研磨業者というのは一匹狼。海外にまで名をはせる"磨き師の町"でありながら、それまでは横のつながりがほとんどなく、各企業(各家庭)が独自のペースでこつこつ仕事をしていました。それでも昔は、それ相応の需要があり、「磨き師を2年もやれば家が建つ」と言われる時代があったそうです。ところが、バブルがはじけると「品質の追求よりも大量生産第一」の注文が数多く舞い込むようになります。当時は中国が下請け市場の拡大に力を入れ始めた頃。研磨の世界にも安価な大量生産の波が押し寄せたのです。こうした中で、ひと際異彩を放ちシンジケートをリードしたのが"磨きの鬼才" 山崎正明さんでした。そんな山崎さんが、ある出来事をきっかけにシンジケートと決裂。再び一匹狼に戻ることになります。

大量生産の歯車から品質ありきの匠本来の姿へ

「もともとうちは品質の追求がモットーでした。それを他者に強要するつもりはありませんが、燕市が誇る"磨きのプロ集団"として商品を世に出す以上、技術的に最低限クリアして欲しい私なりの基準がありました。率直に言えば、磨き屋シンジケートに参加する職人といえども技術の足並みが揃っていたわけではありません。それが現実だったのです」と山崎さんは話します。

シンジケート商品の中にも、フラッグシップとなるものとそうでないものがあります。当然ながら職人の技術に見合った仕事が任されるわけですが、山崎さんは、素地研磨、プレスの加工傷を落とすこと、前工程の目の完全除去、最低でもこれら3工程は"すべての商品でクリアさせるべき"と主張します。ところが、「あなたの次元で考えられては困る。そこまでやったら大量生産ができない」とあっさり却下。このことを機に、燕市を代表する磨きの鬼才は群れを離れ、職人本来の歩みを始めることとなります。

「燕の磨きの技術を広く知ってもらうためには、ひと肌でもふた肌でも脱ごうという思いはありました。ただ、磨き師としての矜持を捨ててまで足並みを揃えようとは思いません。職人仕事は仕組みで評価されるのではなく、品質ありきだからです。その気概を無くしたら職人はおしまい。そう私は思っています」。

1,000,000分の1㎜単位まで磨く奇跡のビアタンブラーが誕生

シンジケートを辞めて仕事が減ったのでは?と山崎さんに問うと、「何も変わりません」という答えが返ってきました。事実、取材に伺ったこの日も、山崎さんを筆頭に、磨き師としても一級の腕を持つ奥様とご長男の3人でフル操業。秀でた技術を持つ磨き師のもとには引きも切らず仕事が舞い込みます。

多忙な下請け仕事の合間をぬって手がけられているのが、山崎研磨工業オリジナル『ビアタンブラー』の製作です。そのきっかけとなったのは、今は亡きカリスマバイヤーからの「良いものは必ず売れる。それを突き詰めて自社製品として売ればいい」という言葉でした。完成した製品は、表面の凹凸を1,000,000分の1㎜単位まで手作業で磨く"奇跡のビアタンブラー"として数多くのメディアで紹介されています。

心を奪われるほど美しい鏡面仕上げの逸品ですが、「肝心なのは見た目だけじゃない」と山崎さんはおっしゃいます。「難しいのは目に見えない内側です。美味いビールの決め手となる泡立ちの良さは、すべて内側の研磨にどれだけ手間をかけるか否かで決まります。つまり、表面を美しく仕上げることだけが仕事ではなく、実用品としての完成度を追求することが磨き師の本質。自己満足ではダメなのです」。

これ以上のものはつくれないそこにトライするのが磨き師の美学

このタンブラーは1個3万円。かなり高価な品です。さぞかし儲かっているでしょう?という下世話な問いに、「勘違いされては困ります。儲けたいならここまでの手間はかけません」と即答された山崎さん。その、手間のかかる工程とは、①歪み取り、②粗研磨、③目つぶし、④中研磨、⑤仕上げ研磨、⑥鏡面研磨、これらのすべての工程を100点満点のクオリティで仕上げます。作業は各工程を家族3人で分業しますが、1日に仕上げられるのはわずかに1本か2本。これでは確かに採算ベースには乗りません。

「研磨というのは職人の心を映す鏡。邪心はすべて反映されます。したがって、オリジナル製品に高値をつけるというのは、すごく怖いことなのです。だからこそ多くの磨き師は、ここまで突き詰めた製品づくりにトライしようとしません。
もちろん普段の下請け仕事ではここまでのグレードを求められることはありません。その機会がないからこそ、パーフェクトなクオリティにトライできる環境をつくりたかった。これは山崎研磨工業の"仕事の美学"です」。

どんな仕事でも、易きに流れる仕事ばかりやっていると、いざという時に力が発揮できません。山崎ブランドを継承していく上でも、技術の粋を集めたこのビアタンブラーをつくり続けていくことが大事なのだと山崎さんはおっしゃいます。
また、そうした営みこそが、日本の匠の在るべき姿なのかも知れません。

取材手記 ライター吉村高廣
時代の変化に右往左往しない

取材の最後に、孤立しませんか?と尋ねると、「もちろんします」と笑顔で答えた山崎さん。でも、それでいいのだとおっしゃいます。どれだけ同業者から煙たがられたり堅物扱いされたとしても、優れたものを求めるお客さまや、同じ志を持つ協力会社の方々との信頼関係があれば職人の仕事は成立するのだと。AI技術が発達すれば、いずれは研磨の仕事もロボットが担う時代が来るかも知れません。そうした時に生き残るのは、技術を研ぎ澄ました磨き師だけだと思います。まさしく山崎さんは、そんな匠のお一人です。

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■記事公開日:2018/06/29 ■記事取材日: 2018/05/24 *記事内容は取材当日の情報です
▼編集部=構成 ▼文=吉村高廣 ▼撮影=吉村高廣

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