日本の匠シリーズ 日本の匠シリーズ

日本の匠シリーズ

VOL.13 多摩織 東京都八王子市/有限会社澤井織物工場

伝統技術の継承者であり、革新者でもある。多摩織の技を、ハイファッションへ。IoTへ。

絹の道の要だった八王子多業界が注目する匠がここに

幕末から明治の中期にかけて養蚕や織物の町として栄えた東京都八王子市。ここは北関東で生産された絹糸や織物を、海外に輸出する"日本のシルクロード"の要所でした。やがて文明開化の波に乗り、織物技術は飛躍的に進化します。大正末期には日本初のネクタイ製造も行われるなど、八王子は国内外を市場とした織物製品の一大産地として産業基盤を築いてゆくこととなります。

その後、福生市、あきるの市、日野市などで製造される織物と共に"多摩織"と総称され、1980年には日本の伝統的工芸品に指定されます。
ところが、時を同じくして、大量生産・大量消費の時代に突入すると天然素材の職人仕事は斜陽に傾き、多摩織を生業とする多くの機屋(はたや)が廃業を余儀なくされました。そんな多摩織の技術を今に引き継ぎ、ファッション業界はもとより、IT業界からも熱視線を浴びる匠がいます。それが、創業約120年、有限会社澤井織物工場の4代目にして伝統工芸士の澤井伸さんです。

ニューヨークで啓発され織物の新しい可能性を追求

もともとはこの周辺地域の主産業であった養蚕を生業としていた澤井織物工場。その後、着物づくりにまで事業を拡大します。先々代は「つづれ織」を、先代の頃には「お召し」(ちりめんの先染め)をつくる多摩織機屋として、長らく安定的な経営を続けていたそうです。そんな澤井織物工場にも転機が訪れます。

「直接的な原因はバブルの崩壊です。ただ、それ以前から着物を着る人が少なくなっていて、このままでは事業が先細ってゆくことは分かっていました」とおっしゃる澤井さん。そこで、織物づくりに変わる新機軸に据えたのが、多摩織の技術を応用した、マフラー、ショール、ストールの生産でした。なぜ、マフラーやショールだったのか。そのきっかけは、織物組合主催で行われたニューヨークでの展示会への参加です。澤井さんはその時、全く新しい価値観をインスパイアされたとおっしゃいます。

「ニューヨークで様々な人と話すうちに、織物技術には多くの可能性があることに気づいたんです。世界に目をやればいろんな価値観があって、それらを許容する風土がある。むしろ、こうでなければならないという縛りは1つもない。ならば私もこれまで培った技術を用いて新しいことを追求してみようと思ったのです」。

多摩織の味わいを基礎にファッションブランドの製品づくり

現在、多摩織を引き継ぐ機屋は澤井織物工場を含めて3軒ほど。その存在自体が希少な技術となっています。多摩織には、お召織(おめしおり)、風通織(ふうつうおり)、紬織(つむぎおり)、捩り織(もじりおり)、変り綴織(かわりつづれおり)という5つの品種(織り方)があり、生糸、玉糸、真綿のつむぎ糸を原材料として、皺になりにくく軽いことが特徴です。手織りが主流のころは、それぞれの工程ごとに職人が分業して一つの製品をつくることで独特の味わいを産み出す手間のかかる手仕事だったそうです。

現在の澤井織物工場では、約9割が有名ファッションブランドから依頼を受けたOEMのマフラー、ショール、ストールの生産であり、多摩織の着物は1割ほど。製法自体も手織りから機械織りが主流になっているそうです。
見学させていただいた工場でも、機械織り機の前には真剣な眼差しで向き合う職人さんがいる一方、片隅で、なかなか帰らぬ主人を待つように手織り機がぽつんと佇んでいる姿は、まさしく時代の変化を象徴しているようでした。とはいえ、秀でた職人には思いもよらぬところから新たな声がかかるものなのです。

ぜひその技術を貸してほしい!Googleからのラブコール

今年(2018年)澤井さんは「現代の名工」に選ばれマスコミでも大きく取り上げられました。受賞理由は、伝統的な織物技術(多摩織)の担い手としての高い評価はもちろんのこと、さらに特筆すべきは世界規模の巨大IT企業Googleとのコラボレーションでしょう。

「うちの製品は先染めの糸を使うので、そうすると布をつくった後に糸が余ります。それで組み紐をつくったら面白いだろうと思い製紐機(せいちゅうき)をつかって組み紐づくりをしていたんです。それから何年か経って、GoogleLevi'sがタッグを組んでデニムのジャケットをウェアラブルデバイス化するという計画が持ち上がり、そこで私どもの仕事が注目されたわけです」。

澤井さんが依頼されたのは、電気を通す繊維づくりと織り込みまで。実作までには相当の試行錯誤があったようです。組み紐の原理を応用して髪の毛ほどの銅線を通した導電性の糸をつくる。それをジャケットの袖口に縫い込んで、スマートフォンと連携した専用端末を装着すれば、袖口をタップしたりスワイプするだけでスマートフォンが操作できるという、洋服の世界でIoTを実現させた最先端の製品です。
「しかしまあ、それも終わった仕事ですので」と、事もなげに話す澤井さんですが、ファッション業界では今、「これに続け!」とばかりに応用化が進んでいるようです。

何をつくっていようとも技術はその中に生きている

日本が誇る技術を後世に伝えてゆく伝統工芸士であり、卓越した技能を持ち、その道で第一人者とされる「現代の名工」にも選ばれた澤井さん。いかに新たな分野から注目されようとも、代々続いた着物づくりが影を潜めてゆくことには寂しさもあるだろうと話を向けたところ、意外な言葉が返ってきました。

「守るべきは着物づくりではないのです。私は、多摩織の技術そのものと、この澤井織物工場を守りたくてマフラーなどに転化したのです。着物を着る人が少なくなってそちらの仕事が減ったことは残念に思います。しかし、何をつくっていようとも技術はその中に生きている。Googleの仕事でもそれは同じです。織物に限ったことではなく、伝統を守るということは、カタチを変えても技術を生かしてゆくことではないかと。私はそう思っています」。

ただ手をこまねいていて「需要がないからやめよう」ではなく、技術を生かせそうなジャンルに積極的に飛び込んでゆかなければ守るべきものも守れない。さらにその中で、オリジナリティを出していかに差別化を図ることができるか。そんな発想で果敢に攻めていかないと「せっかくの技術が廃れてしまう」とおっしゃる澤井さんは、伝統に縛られることなく、常にチャレンジスピリットを忘れない本物の匠でした。

取材手記 ライター吉村高廣
確かな技術に裏付けられたしなやかさを感じました。

芭蕉は『不易流行』という思想をもって俳句を綴りました。今風に要約するなら「時代を経ても変えてはならない本質がある。しかし、新しいものを取り入れて変化してゆく流行性も必要である」となるでしょうか。澤井さんの話をお聞きしていて私の頭に浮かんだのはこの言葉です。日本の伝統工芸は海外では高い評価を受けています。一方、需要の低迷や後継者不足などから衰退しつつあるのも事実です。澤井さんはこうした現実から目を背けず、柔軟な視野で新たなジャンルに活路を見出しチャレンジする、とってもしなやかな匠でした。

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■記事公開日:2018/12/20 ■記事取材日: 2019/12/03 *記事内容は取材当日の情報です
▼編集部=構成 ▼文=吉村高廣 ▼撮影=吉村高廣

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