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第1回 強い信念で強固な信頼関係を築いた名参謀 竹中半兵衛

1544(天文13)年、美濃国(現在の岐阜県)に生まれる。本名は重治で半兵衛は通称。
信長、秀吉に仕えた名将で、黒田官兵衛と並んで戦国時代を代表する「軍師」として知られている。1579年没。

「昔楠木、今竹中」というフレーズを耳にしたことはないだろうか。鎌倉時代の末期、楠木正成は幕府と対立した後醍醐天皇方として挙兵。数少ない軍勢で千早城・赤坂城に立てこもり、型破りな奇襲作戦で幕府数万の大軍を翻弄。城を見事に守り抜いたことで「類まれなる英雄」となった。その正成に並ぶほどの才覚を持っていたのが竹中半兵衛。軍師として最大級の賛辞がこのフレーズだ。後年、秀吉の参謀として名をあげた半兵衛は、その知略を活かし、秀吉の領国拡大に大きく貢献した。その考え方や生き様は、現代ビジネス社会においても十二分に通用する。本コラムでは、名参謀・竹中半兵衛の生涯を振り返りながら、現代ビジネスマンにも投影できる"リーダーの資質"を探ってみたい。

上司への戒めと責任、そして部下からの信頼

優秀な部下を持った上司は、部下を正当に評価しなければならない。これは現代社会においても当然のことだろう。ところが、半兵衛の最初の主君・斎藤龍興は半兵衛を評価しない。龍興の言に首を縦に振る側近だけを優遇して政務を省みず、煩悩の赴くままに傍若無人な振る舞いが目立っていた。伴って、当然ながら斎藤家の秩序は崩壊。これではまるで、現代の企業ドラマや小説に登場する放漫経営の社長である。

業を煮やした半兵衛は思い切った行動に出る。龍興の居城である稲葉山城をわずか1日、しかもたった18人で奪取して、主君である龍興を追放してしまう。ところが、約半年後には「謀反に関わったすべての部下の罪を問わないこと」を条件に城を龍興に返還。長年にわたる義理を果たし、斎藤家を去った。 つまりこの"主君追放劇"は、いわゆる"乗っ取り"とか"クーデター"ではなく、放漫な上司に反省を促す戒めだった。だからこそ、自らが去ることで首謀者としての責任を果たす一方、巻き込んだ部下が責任追及されぬよう"条件付きのけじめ"をつけたのだ。この一件で半兵衛は「部下を思いやる心を持った、信用できる人物」として評価され、リーダーとして大いに株を上げることとなったという。

この噂は、領国内はもちろん、他国へも伝わることになった。この後半兵衛は秀吉の側近となり、交渉(調略)によって多くの敵を寝返らせ、戦線を有利に展開することになるわけだが、交渉の場についた敵方の武将たちも、半兵衛に対する「信用できる人物」としての評価を耳にしていたため、交渉がスムーズに進んだ。人望の成せる業とでも言おうか、ビジネスでも、肝心なのは人と人との信頼関係。半兵衛はそれを地でいく人物だった。

「信用できる人物」としても評価によって交渉がスムーズになる

上司に逆らうことも厭わない強い信念

城を去り隠棲していた半兵衛の知略を欲しがったのが天下統一を目指す信長である。信長は木下藤吉郎秀吉を通して織田家の家臣になるように説得した。
「人たらし」とも呼ばれた秀吉は、とにかく明るく、しゃべりも上手い。そして何よりも相手の立場を考え、粘り強く話をする人物。なかなかの人心掌握の巧者である。半兵衛は、そんな秀吉に魅力を感じたのだろうし、また、「この男なら自分の提案を、積極的に採用してくれるのかもしれない」という気持ちにもなったのだろう。結果的に信長に仕えることは拒否したが、秀吉の側近になることを了承する。半兵衛は、秀吉の才覚を見抜き、その可能性に生涯をささげる"上司"として選んだのかもしれない。

信長との関係において秀吉は、企業でいえば取締役。一方半兵衛は、それをサポートする管理職といった立場だが、二人の信頼関係を表すエピソードがある。
1575年6月の長篠の戦いにおいて、秀吉の陣に対峙する武田軍の一部が移動しはじめた。これを見た半兵衛は歴々の経験則から「これは陽動作戦だ!」と進言したが、焦った秀吉は回り込まれることを恐れ、兵を動かしてしまう。しかし半兵衛はここで上司に逆らい、手勢と共に持ち場から離れることはなかった。すると半兵衛の読み通り、移動していた武田軍は元の位置に戻って手薄になった秀吉陣に攻め込んできた。残った半兵衛が抗戦している間、秀吉も慌てて戻り、この攻撃を防いだという。

現代社会においては、上司の指示をはねつけることはなかなか勇気のいることだ。しかしながら、経験とデータに基づいた確証があるのなら話は別である。まさしくこの時の半兵衛にはそれがあった。正しい方向を見誤らず、それを信じて突き進み、結果的に勝利へと結びつけた半兵衛の大手柄である。この一件で秀吉は、半兵衛を自らの"知の懐刀"としてますます重用するようになったという。

確証は正しい方向性を見誤らない

信頼関係で結ばれた半兵衛と官兵衛

半兵衛と並んで秀吉の軍師として有名なのが黒田官兵衛(孝高)である。二人は「秀吉の二兵衛(両兵衛)」と呼ばれるほど優れた参謀であった。官兵衛は、年長でもあり先に秀吉に仕えていた半兵衛から多くの事を学んだといわれる。そして半兵衛も官兵衛のことをおおいに気にかけていた。同じ主君に仕える身であるから、現代でいえば"面倒見のいい先輩と努力する後輩"といったところだろうか。

そんな二人の信頼関係を象徴するエピソードがある。
信長に謀反を起こした荒木村重を説得しようと、官兵衛は有岡城に単身乗り込むが、逆に村重に捕らえられ牢に入れられてしまう。帰ってこない官兵衛が裏切ったと思った信長は、官兵衛の子・松寿丸(後の黒田長政)を殺すよう秀吉を通じて半兵衛に命じる。このとき半兵衛は、上司の命に反して松寿丸を匿い、「処刑しました」と偽りの報告を上げて、松寿丸を救ったのである。約1年後、有岡城から官兵衛が救出されたときにはすでに半兵衛は亡くなっていたが、官兵衛は大いに感謝し、このことをずっと忘れないようにと竹中家の家紋を貰い受けた。

これは、半兵衛が、日頃から官兵衛をよく観察し、主君を裏切るような人物ではないと信じていたからこそのエピソードだ。官兵衛からすれば、上司に信頼してもらったおかげで、自らの力が及ばぬピンチの時に、サポートをしてもらえたということになる。その後の官兵衛の働きは目覚ましく、半兵衛亡きあとも秀吉の領国経営を支えてゆく。その官兵衛の才能を見抜き、主家に偽ってまで彼をサポートした半兵衛の見る目は、やはり確かなものだったのだ。

家紋

半兵衛の組織論

半兵衛は組織について語ったことがある。次のような言葉だ。
「要害が堅固であっても、人の心が一つでなければ用をなさない」

これを現代に置き換えてみると、「たとえ会社の規模が大きくとも、社員の気持ちが一つにまとまっていなければ、その強さを発揮できない」となる。
個人の役割が増えている企業においては、手の空いている社員が率先して他者の業務をこなすような組織をつくることは難しい。また、社員が皆、担当外のことには関心を持たず、トラブルが起これば責任をなすりつけ合う。そんな状況に陥ってしまったら企業経営は難しくなる。
組織を構成するのは人であり、人は気持ちで動く。互いの信頼感や連帯感、企業人としての誇りを持つことができる職場であれば、それが本当の意味での強い企業だ。
そのためには、半兵衛自身がそうだったように、自由闊達な意見交換ができる職場づくりが必要だ。一般的には、難しいことではあるが、このような風通しのいい職場ならば、会議の成果も出るだろうし、社員が感じる不平・不満も解消していくだろう。そして、社員の心を一つにして、ビジネスの推進力を高めるに違いない。

社員の心を一つにしてビジネスの推進力を高める

ビジネスマンに役立つ渾身の言葉

半兵衛は、現代のビジネスマンに役立つ言葉も残している。
「合戦談を聞く場合、大抵の人が大事なことは問わないで、誰が手柄を立てたとか、誰を討ち取ったとか、 そんな枝葉のことばかりを聞きたがる。そんな話を聞いても何の役にも立たない。 部隊の駆け引き、戦の変化などを主眼にして聞いてこそ役立つ」

実際のビジネス現場でも、他人の成功談を耳にする機会は多い。しかし、それを聞いた人が真似をしたとしても同じ結果は出ない。情勢は刻々と変化するし、個人の能力も異なるからだ。
半兵衛が説くのは「成功という結果よりも、考え方や過程の検証、変化への対応などに注目し、なぜ成功できたのかを考えることこそが重要」ということだ。
はじめは成功談の真似だったとしても、問題点を見つけて自分のやり方に変えていく、そんな仕事の進め方をしたほうがいいということを示唆している。そしてこれが実践できれば、結果的に自分の評価を高めることにつながるのではないだろうか。

問題点を見つけて自分のやり方に変えていく

竹中半兵衛ゆかりの地

岐阜県指定史跡 竹中氏陣屋跡

築城年:1588年
所在地:岐阜県不破郡垂井町岩手619-2
交通:JR垂井駅より約5km
垂井町巡回バス「岩手公民館前」バス停下車、徒歩2分
http://www.tarui-kanko.jp/

岐阜県指定史跡 竹中氏陣屋跡
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■記事公開日:2018/01/24
▼構成=編集部 ▼文=小山眞史 ▼イラスト=吉田たつちか ▼写真=フリー素材

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