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第4回 情報収集と正確な分析によって家の繁栄を築いた知力の武将 朝倉宗滴

越前(福井県)・加賀(石川県)の戦国大名・朝倉家の重臣。名は教景(のりかげ)だが、出家して宗滴(そうてき)と名乗る。
朝倉貞景、孝景、義景の3代の当主に仕え、長く朝倉家を支えた。宗滴の談話を部下が筆録した『朝倉宗滴話記』には、合戦の経験談のほか、戦国武将や武士の心得などが遺されている。1477年(月日不詳)~1555(天文24)年9月23日。

朝倉家の当主・孝景の八男として生まれた宗滴は、早くからその能力を評価され、「いずれは当主に」と推す声も多かったという。
しかし、長兄である氏景が家督相続した後に早世してしまうと、その子・貞景の"後見役"として朝倉家の運営を担うようになり、以後、
3代の当主を支えながら繁栄をもたらした。 軍事面の評価が著しく高い宗滴だが、同時に外交や内政にも手腕を発揮した。
とはいえ、自らの能力を誇示することはなく、「部下として、這いつくばってでも、当主に忠節を尽くす心得だ」と宣言し、現代にも
そのまま通じる『社員心得』『リーダーの心得』を遺している。

広範囲の情報収集 徹底したリスクマネージメント

自社の優位性を見極めることや、市場環境・他社製品の動向・消費者行動などを分析して経営に活かそうというマーケティングは、現代ビジネスにおいて欠かすことのできない企業活動の1つだ。そして、その基礎となる "情報収集"や"市場調査"によって得られるデータは、上手く活用すれば成功をもたらす重要なビジネス資源となる。
今から400年以上も前、戦国の世に生まれた朝倉宗滴は、このビジネス資源の重要性を深く理解し、それを活かすことで家に繁栄をもたらした知力の武将だ。

朝倉家の家訓に、次のような一条がある。
『世間は平穏であっても、遠近諸国へは監視を怠らず、情報を聞き取ることにひたすら努力せよ。慢心を避け、警戒の心を常に持て』
まさしくこれは、"リスクマネージメント"の実践を説いている。この家訓の書かれた時期、書いた人物などは不明であるが、宗滴はこれを緻密に実践していた。

まず、ここで注目すべきは調査の範囲だ。現代とは異なり、調査方法は"人の見聞き"しかなかったこの時代に、東は関東から西は中国地方と、かなりの広範囲から情報を得るべく、北陸から遠く離れ、対峙する可能性が低い地方まで人を派遣していたという。宗滴が情報収集をいかに重要視していたかがわかる。

また、収集した情報の分析も的確だった。宗滴は、「人の使い方が上手な武将」として、駿河(静岡県)の今川義元、甲斐(山梨県)の武田信玄、越後(新潟県)の長尾景虎(後の上杉謙信)、安芸(広島県)の毛利元就、尾張(愛知県)の織田上総介(後の信長)などの名を挙げている。その頃の彼らは、宗滴から見れば、まだまだ"若手"といった存在だったが、いずれも、後世に名を残すことになる名将たちである。

宗滴の場合、情報収集は「朝倉家の脅威を取り除くこと」を目的としていたが、現代ビジネスに置き換えれば、「企業の安定・発展のためのリスクヘッジ」といったものになるだろう。現代の情報収集やリサーチの手法は多岐にわたり、得られるデータも大量になるが、その中から必要なものを判断し、正確な分析を加えることで、企業のボトムは安定し発展する。時代は異なるとはいえ、宗滴の情報収集活動は、"家の経営"そのものだったと言えるだろう。

積極的な情報収集で、リスクヘッジ

情報分析と決断で不利な状況を逆転

"時流に乗る""勢いに乗る"ということは、ビジネスを成功に導くための大きなファクターだ。しかしながら、勢いだけでは乗り切れないのがビジネスである。そこで必要なのが情報分析だ。
宗滴の武功は数知れないが、その名を世に知らしめたのが「九頭竜川の戦い」である。加賀一国を支配するほどに拡大した一向一揆(浄土真宗の信徒たちによる権力への抵抗運動)が、なんと30万人という大軍で押し寄せてきた。これに対する朝倉軍はわずか1万2000。常識的には太刀打ちできるものではない。
しかし、初戦で勝利した朝倉軍は"勢いに乗って"わずか3000余りの兵で夜襲を仕掛けた。不意を突かれた一揆勢はたちまち総崩れに。逃げ帰った者は10万にも満たなかったという。ここまで大きな兵力差を覆した勝利は、戦国の世にあってもほとんど見ることができない。

このとき宗滴は、"時の勢い"だけで夜襲を指示したわけではない。そこには情報分析に基づく確かな勝算があった。たとえば、「30万の大勢力とはいえ、すべてが戦の精鋭ではなく民兵も多い」と、相手の内情を正確に把握していた。また、昼間行われた初戦で敵の大将数名を討ち取っていたため、「朝倉強し!という恐怖心が芽生えている」と心理状態を分析していた。さらには、「夜間に急流を渡って攻めてくることはなかろうと油断している」と、タイミングを見極めていた。このように、さまざまな要因を検討した上での決断だったのだ。

このケースは、軍事的な成功例ではあるが、情報を正確に分析し、そして、勢いに乗って作戦を成功させたという点では、現代ビジネスにも十分に生かせるエピソードだ。

営業と提携で盤石な領国経営を目指す

「九頭竜川の戦い」以降、宗滴は中央政権(幕府)に頻繁に人を派遣したり、ときには自ら出向き、その関係を深めることに注力する。その後、朝倉軍は各地に遠征しては大名同士の争いを仲介するようになるわけだが、これらはすべて幕府からの要請によるものだった。つまり、宗滴の中央政権接近は、幕府(顧客)の抱える課題を聞くための営業行為であったと考えられる。このあたりが、当時の武将には稀な宗滴のセンスである。
現代のビジネスでは「顧客の立場に立ち、その要望に応えることで自らの立場を上げる」ことは、営業の基本ともいうべきスタンスだが、これを宗滴は戦国時代に実践していた。こうした活動により、朝倉家は幕府との信頼関係を深め、発言力は大いに強まった。

また、近隣国との強力なパイプを築いている。近江(滋賀県)の浅井家とは同盟を結ぶほど緊密な関係を作り上げるなど、ジョイント・ベンチャー的な合弁に成功。また、勢力拡大を狙う天敵・一向一揆に対抗するためには、近隣に敵をつくらないことが第一。そこで、越後の長尾家とも頻繁に書状を交わすことで、身近な脅威を取り除き、宗滴の領国経営は、盤石なものになっていったのである。
宗滴の存命中は周辺諸国も手出しはできず、朝倉家は全盛期を迎えた。一方で、宗滴は内政にも注力し、現代の「社員心得」「リーダーの心得」ともいうべき言葉を数多く遺している。その幾つかを紹介しよう。

顧客の立場に立ち、その要望に応えて自らの立場を上げる

経営を安定・発展させる"社員心得"

(社員同士の関係性について)
主人には家臣の罰が、家臣には主人の罰があたる。
主人、家臣とも油断するな。
リーダーは部下に対する不満を、部下は上司への不満を我慢してつき合っていかなければならない。特に人の上に立つと、部下の粗が目に付いてしまうもの。それを指摘したり、追及したりすれば、部下のやる気をそぎ兼ねない。互いに不平不満をぶつけることなく、我慢することで良好な関係を築けるのだという。

(時短・正確性について)
合戦場においては、どんなに大切なことでも文書ではなく、口頭で伝えよ。
これは時間短縮と秘密保持のためである。
ビジネスの基本ともいえる「報・連・相」だが、指示や報告を文章にしていると、場合によっては内容よりも「どのように書くか」に気を取られてしまい、時間をロスすることがある。また、文字では伝わらないニュアンスもある。結果、プロジェクトを遅延させ、ビジネスチャンスを逃し兼ねない。メールや社内掲示板などを利用する機会が多い現代だからこそ、深く考えておきたい言葉だ。

(人間関係について)
嘘をつかず、義理堅く、恥を知ることが大切だ。
なぜなら、重大な任務を命じられたとき、普段からいいかげんなことをしていると信用されない。
「あいつはまた大袈裟なことを言っている」と思われ、誰も協力してくれない。

周囲の人との信頼関係は極めて大切だ。日常的な仕事はもちろん、イザというときにも個々の力を結集できてこそ、成果を挙げることができる。長い年月をビジネスパーソンとして過ごしてきた人にとっても、ここで立ち止まって、あらためて考えてみたい言葉だ。

口頭のほうが正確に伝わることも多い

ビジネスを前へ進め、成功させる"リーダーの心得"

(心構えについて)
大将は、不可能を口にしてはいけない。その言葉を口にした途端、弱気な心を見抜かれてしまう。
誰しも、弱気な心情を吐き出したいときはある。しかし、リーダーの弱気はスタッフのモチベーションにも影響する。士気を下げるような言葉は決して発してはならない。

(部下への態度・パワハラについて)
主人は、家臣から恐れられるだけではだめだ。心から慕われるのが望ましい。
そうでなければ、家臣もいざというときに、命を捨てて主人の役に立とうとはしない。
周囲に厳しくあたるだけでは、組織はうまく機能しない。また近年では、パワハラと受け取られてしまうかもしれない。中高年のビジネスパーソンには、自分が若手の頃に上司から暴言を吐かれた苦経験を持つ人もいるだろうが、それを反面教師として、日頃の言動には注意したい。

(適材適所について)
大工にさせる仕事を庭師にさせる、
庭師にさせる仕事を大工に命じるようなことは、
相手の能力を無視した無能な主人のすることだ。

部下の適正を把握し担務を決めなければならない。逆を行えば、部下のやる気をそぐかもしれないし、業務が停滞することもある。結果、自分の評価を下げることにもなるだろう。

周囲と良好な関係を築けば、ビジネスも円滑になる

最後まで家の発展を祈った

宗滴の分析力の高さを示す言葉の中で、最も興味深いのは信長に対する評価である。宗滴は当時としては高齢の79歳で亡くなるが、臨終の直前に「私は、すぐ死んでも言い残すことはないが、あと3年は生きて織田上総介(信長)の行く末を見てみたい」と語ったという。これは1555年のことであり、信長の名を世に知らしめた桶狭間の戦いよりも5年も前である。
この時期の信長は、周囲からは「うつけ」と評され、やっと当主としての自覚が芽生えはじめてはいたが、内紛や周辺国との争いによって、まだまだ織田家中をまとめきれていない。そのような早い時期から信長の実力を評価し、朝倉家の脅威となることを予想していたのであるから、恐るべき分析力である。

宗滴の没後、朝倉家は内紛が絶えず、また周辺国との争いなども重なって衰退していく。そして1973年、宗滴が注目していた信長によって滅ぼされることになる。

朝倉宗滴ゆかりの地

福井市一乗谷朝倉氏遺跡

朝倉氏五代の本拠地。一乗谷城を含む一帯が国の特別史跡に指定されているほか、多くの出土品が 重要文化財 指定を受けている。

一般社団法人 朝倉氏遺跡保存協会
〒910-2153 福井市城戸ノ内町28-37
http://www3.fctv.ne.jp/~asakura/index.html

福井市一乗谷朝倉氏遺跡
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■記事公開日:2018/11/16
▼構成=編集部 ▼文=小山眞史 ▼イラスト=吉田たつちか ▼写真=フリー素材

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