日本の匠シリーズ 日本の匠シリーズ

日本の匠シリーズ

vol.6 創設は室町時代という団扇 茨城県常陸太田市/枡儀団扇店

夏の日本の風物詩、団扇。四百年前から続く伝統の涼を呼ぶ。


扇風機やクーラーが当たり前の今。少しだけ時間をとめて、団扇で涼を呼んでみませんか。

打ち水は、暑い太陽が西に落ちる頃、玄関先や通りに水をまき涼を呼ぶ夏の風物詩です。外の暑い熱を遮断して部屋の中に涼を呼ぶのは、すだれやヨシズでした。今風で言うならばグリーンカーテンでしょうか。軒下などに吊り下げた風鈴からは、おだやかな風にあおられた美しい音色が涼を呼びます。

団扇も涼を呼ぶ道具の一つです。扇風機やクーラーはスイッチ一つで簡単に冷風をおこしてくれます。しかし便利な一面、本来の涼とは異なるように思えて仕方がありません。

団扇は、肌をなでるような心地よさと、ほどよい爽やかな風が魅力です。さらに、かつて団扇は外出時にも持ち出され、額のあたりにかざし直射日光を避けるという風情も持ち合わせていたとか。盛夏と上手に向き合ってきた「涼を呼ぶ」日本の知恵が団扇には息づいているようです。

茨城県常陸太田の雪村うちわ。刃入れを終えた団扇の骨


真竹、イ草、糊、和紙など素材にこだわって作られる団扇。
日本の夏に涼を呼ぶ真の団扇です。

ところが残念なことに昨今の団扇の柄は安価なプラスチック製が多く、涼しさは半減。やはり柄の骨は竹、骨を編み込むのはイ草、張られるのは和紙。それでこそ日本の夏の風物詩と言える真の団扇ではないでしょうか。

この竹の団扇作りは相当数の工程と月日がかかります。手間暇が惜しみなく注がれ、作り手のこだわりが込められます。全てが手作り。その妥協なき仕事の作り手は、枡儀団扇(ますぎうちわ)店四代目店主で今年九十四才(2016年現在)を迎えた圷総子(あくつふさこ)さんの手です。

圷さんが作るのは、茨城県常陸太田に四百年以上前から伝わる雪村(せっそん)うちわ。雪村とは室町時代、常陸国部垂(へたれ/現在の常陸大宮市)に生まれ、後に水墨画家ともなった禅僧です。「雪村が創案した団扇をもう八十年も作ってきました」と語る圷さんの瞳は驚くほど輝いていました。

枡儀団扇(ますぎうちわ)店四代目店主で今年九十四才(2016年現在)を迎えた圷総子(あくつふさこ)さん


四百年前の禅僧が創始とされる
茨城県常陸太田の雪村うちわ。
伝統を受け継ぐ職人技が光る。

まず材料となる竹は、真竹の中でも秋に伐採した自然の青竹でなければなりません。青竹は職人の仕事場から遠くない地元産です。その青竹を丁寧に輪切りにし、団扇の骨の部分を作っていきます。

青竹の節を取り、芯を割り、肉取りしたのち、刃入れ(竹を割く)をします。横幅数センチ縦十センチの竹一本につき、約四十本ほどの骨が割かれて生まれます。団扇の大事な骨作りです。圷さんは、その針に糸を通すような仕草で何の躊躇もなく細やかに竹を割いていきますが、仕事場の空気はその瞬間、凜として引き締まりました。

刃入れを終えた団扇の骨は約八ヶ月ほど天日干しをします。じっくりと乾燥させることで、竹が丈夫になり、かつ軽い団扇ができるそうです。十分に乾燥した竹の骨にイ草を編んで団扇の形に整える仕事は、骨に命が吹き込まれ孔雀のごとく羽を広げていく様子にも見える感慨無量の工程です。

すべてが手作業。張られる和紙は、茨城県常陸太田でも貴重とされる西ノ内和紙


全て地元の天然素材を使うこだわり。
室町時代の雪村の心意気そのままに。
その四角いフォルムは四百年前から変わらない。

イ草を編み終えると和紙が張られます。張られる和紙は、茨城県常陸太田でも貴重とされる西ノ内和紙。江戸時代の水戸藩の特産物で、コウゾという落葉低木の繊維からのみ作られるもの。実に強靱で保存性に優れた和紙です。骨に西ノ内和紙を貼り付ける際の糊は、小麦粉を水で溶いて火を加えたお手製糊です。

張られた和紙の面には、馬やアサガオ、水戸八景などの水墨画が施されます。これは雪村の時代から続くモチーフだそうです。こうして小さな仕事場で、素材にこだわり、それはそれはコツコツと工芸品のように丹精込めて作られる雪村うちわ。その工程数は実に三十三。全工程を一人で根気よく集中して作業していきます。

これほどまでにじっくりと手仕事で仕上げた団扇ですが、職人の圷さんはさらりと語ります。「普通のご家庭で、普通に使っていただきたい」と。工業製品では味わえない「涼を呼ぶ」風情を醸しながら、二十年以上も普段使いできるのは雪村うちわだけだと、自信をのぞかせます。さらにその魅力は四角い簡素なフォルムにありました。見た目よりも軽く、しっくりと手になじみ、たっぷりと風を扇ぎます。創始者の雪村が作っていた頃から続く形だそうです。

小さな仕事場で一本一本丁寧に作られていく雪村うちわ


九十四才にして現役、職人。
雪村うちわは、次代へも受け継がれていく。
受け継がれなければならない逸品です。

雪村うちわを作るための道具には「これを失えばもうおしまい」と圷さんが断言するものがあります。それは明治から使い続ける竹を割くための刃です。その切れ味がモノづくりに活かされるのでしょう。研ぎ味を精査するのはご子息だそうです。

雪村うちわ作りの伝統をただ一人継承している九十四歳の圷さん。昨年の暮れに骨折し入院を余儀なくされたそうですが、四カ月後にはしっかり歩けるようになり、団扇作りも再開されたそうです。

圷さんの団扇作りの作業時は正座が基本。しかし、怪我のこともあって現在は椅子に座って団扇に向かいます。「正座ができなくなったら仕事はできないと思っていたけど、工夫次第でどうにでもなりますね・・・」。生涯現役でありたいとおっしゃる圷さんに伝統継承について伺うと「うちの子だからね」と、多忙なご子息に気遣いながらも、自然と頬が緩みました。伝統の雪村うちわは不滅ですという職人の思いが強く感じられました。

四角い簡素なフォルムが魅力の雪村うちわ
雪村うちわづくり80年で四百年の伝統を守る
取材手記 ライター高橋千織
団扇に目を向けてみたら、そこに日本の夏がありました。

雪村うちわを手にするとしっかりとした作りと和紙の手触りが心地よく、扇いでみると手首の動きに添うような軽やかさで涼しげな風が胸元でそよぎました。圷さんのところには全国から問い合わせや注文があるそうです。時にはお好みの和紙を持ってきて張ってほしいと訪れる人や出産祝いに赤ちゃんの足型を和紙に移したいという方など、たった一本の団扇に人生模様がにじんでいるんですね。浴衣と下駄の装いにさりげなく雪村うちわを仰ぐ夏の姿、粋だと思いませんか。

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■記事公開日:2016/07/29 ■記事取材日: 2016/07/15 *記事内容は取材当日の情報です
▼編集部=構成 ▼編集部ライター・渡部恒雄=監修 ▼高橋千織=文 ▼高橋千織=撮影

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