日本の匠シリーズ 日本の匠シリーズ

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Vol.10 ねぶた師 青森県/北村麻子

表現を行う上では、男も女もない。 大切なのは、妥協なく精進し、覚悟を持つこと。

300年続いた伝統に、風穴をあけた女性ねぶた師。

およそ300万人もの観客が訪れた今年の青森ねぶた祭。人びとの熱気の余韻を残して8月7日に幕を閉じました。
青森ねぶた祭は、北国の短い夏の夜空に、煌びやかなねぶたの勇姿が浮かび上がる東北最大の祭。300年以上の歴史を持つ重要無形民俗文化財にも指定される伝統行事です。
祭の期間は一週間。幅9m・奥行き7m・高さ5mの勇壮な山車が、連日青森市内を練り歩き、日本中から集まった観光客の度胆をぬきます。

今年の祭では、その歴史においてエポックとなる出来事がありました。史上初の女性ねぶた師・北村麻子さんの『紅葉狩』が、ねぶたの制作から運営まで、総合力に勝った団体に贈られる「ねぶた大賞」と、ねぶた師にとって最高の栄誉となる「最優秀制作者賞」の2つをダブル受賞。長い間"男の土俵"とされてきたねぶた師の世界に、若い"匠"が風穴をあけたのです。

女にねぶたはつくれない。それを承知で仕事場通いを開始。

北村麻子さんのお父さまは"平成のねぶた名人"といわれる北村隆氏。ねぶたを語る上で欠かすことのできない匠のおひとりです。いわば麻子さんはサラブレッド。由緒正しき血統なのです。とはいえ、麻子さんが志を持った頃はまだ、ねぶたづくりは"男の仕事"で、当然女性ねぶた師の前例もありません。「ねぶたづくりを教えてほしい」などと口にできる環境ではなかったそうです。

そもそも、師匠となるべき隆氏自身が「女にはねぶたはつくれない」という昔気質の方。真正面から談判しても断られるのは分かっていたため、ならば勝手におしかけてやろうということで、隆氏には相談することもなく、麻子さんは仕事場通いを始めたといいます。

「通い始めたのはいいのですが、何をやればいいか分かりませんし、父も職人さんも、私に構っているヒマなどありません。仕方がないので1年くらいは仕事場の掃除をしたり、職人さんの周りをうろちょろしているだけでした(笑)」。

発想力や細かい手仕事、さらには男勝りな力仕事まで。

毎日仕事場に通い詰め、下仕事を続けること3年。麻子さんはようやく隆氏からねぶたづくりの手ほどきを受けることになります。ねぶた師の仕事は、発想力や細かい手仕事、そして力仕事に至るまで多岐にわたります。

最初は、伝説や歴史物語の中から題材を探し、それを下絵に描き起こすことから始まります。次いで、ねぶたの顔や手足など細部の下ごしらえを行い、角材で組んだ支柱にそれらを針金で取り付けます。題材探しや下絵描きを除けば、序盤はほぼ力仕事の連続です。

後半は、和紙を貼った各部位に墨で形をとり、顔や手足、帯や着物の柄などを描き分けます。着色前に色の混濁を防ぐ"ろう書き"と呼ばれる作業を挟み、筆やスプレーで色づけを施して、ようやくねぶた本体が完成します。ねぶた師は、これらの作業の"総監督"であり、職人たちの"精神的支柱"でもあり、技術はもちろん人望も求められる仕事です。

順風満帆に思えたデビュー。そこにあったやっかみを超えて。

隆氏の仕事場に足を踏み入れて5年。麻子さんは、2012年の夏に『琢鹿の戦い』で女性ねぶた師としてデビューを果たし「優秀制作者賞」を受賞。異例づくしのことに注目を集めることになります。しかしそれは、必ずしも好意的なものばかりではなかったとおっしゃいます。

「本当は父がつくったんじゃないかとか、女だから贔屓されているんじゃないかとか、面と向かって言われたこともありました。悔しかったけれど、自分がやってきたことをいくら口で説明したところでそういう人には通じません。努力が報われないのは、まだ自分の努力が足りないからだ、そう思い込ませて黙っていました」。

それだけに、今回の『紅葉狩』でのダブル受賞は本当に嬉しかったと麻子さんはおっしゃいます。「前夜祭で多くの先輩ねぶた師に、今回はいい仕事をしたな、と声をかけていただいたんです。それがとっても嬉しくて、やっと認めてもらえたなと実感しました。まだ力不足な部分があるのは分かっています。でも、これからもねぶた師として歩んでいく大きな自信になりました」。

ねぶた師であることが、存在理由を示す唯一の手段

ねぶた師にとって「ねぶた大賞」と「最優秀制作者賞」をダブル受賞することは、とてつもない偉業です。とはいえ、ここに至る道程には、ご本人が決して口にしない努力や、女性であるがゆえの葛藤があったはずです。にもかかわらず、なぜねぶた師であることにこだわり続けられたのか...最後にそれを聞きました。

「私はこれまで、これをやりたい!と思うことがなかったんです。それは劣等感でもあって、やっとみつけたのが、ねぶた師の仕事です。つまり、ねぶた師であることは、私の存在理由を示すことでもあるのです。なので、これだけは絶対に手放してはいけないと思ってきました。だからここまでやってこれたのでしょうし、これからも、もっといいねぶたをつくれるよう、妥協せず、精進しなければという覚悟もあります」。

この日の青森は、ねぶた祭が終わってちょうど1か月。すでに祭の余韻はありませんでした。しかし、麻子さんをはじめ、多くのねぶた師たちは、すでに次の準備に入っています。ねぶたを取り囲むお囃子と、跳人(はねと)たちの「ラッセーラー」のかけ声とともに、青森が燃え上がる1年で1番熱い1週間のために。

取材手記 ライター吉村高廣
ねぶたづくりの匠には

あの勇ましいねぶたをつくるのだから、女性といえどもさぞかし強い方なのだろう...その予想は見事に裏切られました。女性初のねぶた師として知られる北村麻子さんは、きわめて謙虚で礼儀正しい方でした。彼女の立ち居振る舞いを一言で表現するなら「感謝」という言葉がぴったりです。ねぶた師になれたことにも、それを続けられていることにも、そして大きな賞を手にしたことにも、全てに感謝し、歩みを続けておられる。そんな印象を持ちました。しかし彼女も来年こそが正念場。どんな作品を見せてくれるか楽しみです。

■記事公開日:2017/09/21 ■記事取材日: 2017/09/06 *記事内容は取材当日の情報です
▼編集部=構成 ▼文=吉村高廣 ▼撮影=吉村高廣 ▼写真提供=北村麻子

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