日本の匠シリーズ 日本の匠シリーズ

日本の匠シリーズ

vol.7 日本の万年筆 大阪府東大阪市/大西製作所

伝統の技術を受け継ぎ、あえて一本ずつ手作りに拘る万年筆職人。


使うごとに愛着が増す万年筆には、
職人渾身の技術と魂が
込められていました。

書類や手帳に文字を書き込むとき、皆さんはどんな筆記具を使いますか。いま私たちが手にとる筆記具のほとんどは、大量生産でつくられた安価で使い捨てられるものばかりだと気づくときがあります。

こうした安く手に入れることができ、使い捨てできる筆記具が大半を占める現代にあって、万年筆はその対極にある存在。万年筆は使い慣れていないと、書きづらいという人がいます。インクも自分で補充しなければならないなど、実にアナログ的な筆記具です。

しかし、一度使い込んでいくと愛着が増し、さらに書く一筆一筆に気持ちを込めることができる唯一無二の筆記具になります。そんな万年筆を、一本ずつ丁寧に手作りする職人がいました。大西慶造さんです。

世界最高峰の職人に65歳で弟子入り。その技術と想いを継承し、大西製作所を設立。


世界最高峰の職人に65歳で弟子入り。
その技術と想いを継承し、
大西製作所を設立。

かつて世界各国にファンを持ち、その名を轟かせていた万年筆職人が日本にいたことをご存じでしょうか。その名は、加藤清。大西さんは、その加藤さんの工房「カトウセイサクショ」に約十年程前に弟子入りし、万年筆づくりの研鑽を積んだそうです。

もともと大西さんには素地がありました。筆記具の世界に飛び込んだのは15歳のとき。愛媛県から大阪にあった筆記具の会社に就職し、そこではじめて万年筆づくりを学んだそうです。その後、筆記具の販売などを経験して、一時は万年筆づくりからは遠ざかりましたが、65歳で定年退職。その後、改めて万年筆作りに携わりたいとの強い意志で、世界に名を馳せた加藤さんの工房の門戸を叩いたそうです。

2010年に加藤さんが他界した折り、まわりの人たちからの後押しもあって、加藤さんが魂を込めて使っていた道具を一式引き継ぐご縁をいただくことに。こうして手作り万年筆に人生をかけた大西製作所が生まれたと語ります。

枡儀団扇(ますぎうちわ)店四代目店主で今年九十四才(2016年現在)を迎えた圷総子(あくつふさこ)さん


大西さんが作る万年筆の魅力は、
技術の宝庫から生まれる、
多彩な柄にありました。

大西製作所の万年筆の最大の魅力は、べっ甲柄やマーブル模様、ラメといった多彩な柄の創出にあります。実はこの柄を生む技に、職人と言われる所以がありました。柄状のアセテートの板を四角い棒状に切り出して、パーツの大きさに合わせて切り出し、丸く削るという工程をすべて手作りで得ないと出来ない。すなわち工場では、まずその繊細さが再現できないそうです。

パーツの大きさに合わせて切り出したアセテートの棒は、ろくろを使って削られ、インクやペン先を装着するために穴が開けられます。このろくろを使った技法も伝統的な万年筆作りの技法であり真骨頂。日本では数人の職人しかできない高度な技術です。

最後に万年筆をより手に馴染みやすくするためにパーツ一点ずつにペーパーをかけて研磨し、最後にそれぞれのパーツを組み立てて完成します。この工程のほとんどを一人で行なっているため、一日に作ることができる万年筆は十本足らず。稀少性の高い、まさに丹精込めた一本が生まれる瞬間です。

すべてが手作業。張られる和紙は、茨城県常陸太田でも貴重とされる西ノ内和紙


伝統的な一本もさることながら
新作にも魂が宿る万年筆。
一度使えば手放せなくなる。

オリジナルの万年筆だけでなく、新作の万年筆をオーダーされることも少なくないそうです。そのときは、パーツごとに削る角度を考えたり、必要な部品や道具を自作で揃えたりすることもあるのだとか。「試行錯誤しながらも新しい万年筆がきれいに出来上がったときは本当に嬉しい」と厳しい職人気質の顔がほころびます。

大西製作所には、もう一つの魅力がありました。数少ないセルロイド万年筆を手がけることができる工房として知られています。しかし、一般的なアクリルやアセテートと比べると、セルロイドは燃えやすい素材のため、工房でもほとんど扱われていません。

それでも熱烈な"大西ファン"のために数本は制作しています。実際に手にとってみると、アセテートに比べてセルロイドの万年筆の方が握りやすくて滑りにくいため、手に馴染みやすいことがわかります。一度使うと手放せない、文具の名品ではないでしょうか。

小さな仕事場で一本一本丁寧に作られていく雪村うちわ


万年筆の鍛錬技術が生んだ、
持ちやすく、そして書きやすく
丈夫な一本は普段使いの一生ものです。

これだけ丁寧に作られ、人の手に馴染む筆記具があるにもかかわらず「最近はなかなか万年筆は売れない」と寂しそうにこぼします。しかし、一方で「パソコンや携帯を使うなかで文字を書く習慣が減っている人が『たまには字を書いてみようか』と万年筆を手に取る人が増えている実感もある」と言います。

そういった時流に乗ってか、異業種で異素材を使った万年筆を販売し始めたメーカーがありますが・・・「万年筆づくりは見よう見まねではできない。年季を入れて素材の知識や技法などをきちんと学んでいないといい万年筆は作れない」と伝統ある技術を継承する万年筆職人としてのプライドを語ってくれました。その心意気からも、普段使いできる一生ものとしての万年筆はメイドイン大西製作所ではないでしょうか。

四角い簡素なフォルムが魅力の雪村うちわ
雪村うちわづくり80年で四百年の伝統を守る
取材手記 ライター大井あゆみ
パーソナル完全ハンドメイドの底力を感じました。

東大阪市の住宅街の一角にある大西製作所に伺い、ろくろの回る音を聞きながらお話を聞きました。大西さんは物腰が柔らかで朗らかな方ですが、ろくろを回して万年筆の軸を作る表情は真剣そのもの。一本一本精魂込めて万年筆を作り上げる姿に、職人魂を感じました。身体が悪くなるまでは生涯現役を貫くという大西さん。丁寧に磨かれた宝石のような大西製作所の万年筆が、一本でも多く誰かの手元に届き、長く愛されてほしいと願いたくなる取材でした。

■記事公開日:2016/11/10 ■記事取材日: 2016/10/17 *記事内容は取材当日の情報です
▼編集部=構成 ▼編集部ライター・渡部恒雄=監修 ▼大井あゆみ=文 ▼大井あゆみ=撮影

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